ゴダールの「映 画 史」出発から完成まで




 1977年 アンリ・ラングロワの死。ジャン・コクトーが、映画を守るドラゴン神と称えた、シネマテーク・フランセーズの創始者ラングロワはゴダールやトリュフォーらヌーヴェル・ヴァーグの守護神でもあった。ラングロワはモントリオールのセルジュ・ロジックに招かれて学生たちへの映画史の講義を行なっていたが、ゴダールが引き継ぐことになり、十回を予定するゴダールの映画史への旅が始まった。旅は七回で中断したが、本として出版された。(邦訳=「ゴダール/映画史 I・II」奥村昭夫訳、1982年・筑摩書房刊)。この本は映画としての「映 画 史」と直接関係はないが、その出発のための、いわば予告編となった。


1989年 TV局カナル・プリュスが製作もととなって「映画史1A・1B」の初版が完成。
1994年 ゴーモン他が出資を援助して製作を続行した「映画史2A・2B」初版が完成。
1995年 ロカルノ映画祭で、「映画史3A・3B」初版が上映され、蓮實重彦氏らによるディスカッションが行なわれた
1996年 トロント映画祭で「映画史4A」が上映される。ゴーモンは巨費を投じて、ビデオではなく映画館での上映をめざして、ビデオからフィルムへの変換作業を開始する。
1997年 第50回記念カンヌ映画祭で、35ミリ・フィルムに変換された「映画史3A・4A」がドビュッシー大ホールで上映される。フランス最高の技術者が全力を投入したが、ゴダールは技術的成果に不満を表明して、変換作業は挫折した。ゴダールがいよいよ「映 画 史」全体の新たな完成にむけて編集作業に入ったが、全体が何章になるのかわからない、いつ完成するかもわからないとの噂が流れる。
1998年
「映 画 史」全8章が最初に姿を現したのは、ガリマール社がゴーモンと提携しての豪華4巻本でだった。次いで、ゴーモンから4巻セットのVHSが市販され、ガリマール本と同様に強力な人気を得たが、クォリティはゴダールが完成した「映 画 史」には遠く及ばない。
1999年
夏〜秋
カナル・プリュスが全欧にむけて、7月から8月、「映 画 史」を毎週1章ずつ放映して大きな反響を呼んだ。秋には、ドイツのECMから、「映 画 史」全サウンドトラックのCD5枚組みに仏語・英語・独語の4巻本をつけたセット(外装は本が主体)が出版された。
「映 画 史」がゴダールがつくったレベルでスクリーンに上映される課題がますます大きく残った。


イントロダクション
ゴダールの「映 画 史」出発から完成まで
第1〜4章(1A〜2B)  第5〜8章(3A〜4B)
「映 画 史」をめぐって(野崎 歓) 全文


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